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グループホーム水車の里

2025年 07月 31日

おじいちゃん・おばあちゃんたちのホームが、みんなの居場所に

2025年 07月 31日

つながりを大切に、自分らしく生きる

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長閑な景色に囲まれた水車の里(奥の建物)

 認知症になっても、自分らしい生活を——。横浜市緑区の閑静な住宅街に佇む「グループホーム水車の里」では、そんな思いを大切にしながら、18人の入居者さんたちが力を合わせて暮らしています。ホームの玄関前に広がる畑では季節の野菜が実り、建物の裏手には四季折々の表情を見せる「新治市民の森」の緑がすぐそこに。
 「春になると一面に山桜が咲くんです。認知症の人には見当識障害(時間や場所、人など、自分が置かれている状況を正確に認識できなくなること)という症状がみられることがありますが、窓からの景色が影響しているのか、季節にあったお洋服を自分で選んで着られる方が多いように思います」と話すのは、管理者の髙田朱美さん。四季を感じる自然豊かな心地よい環境が、入居者さんたちの元気な暮らしのサポートになっていることを実感しています。


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管理者の髙田朱美さん



 入居者のみなさんが自分らしく生きるための工夫として、水車の里では日中は、玄関や入居者の部屋に施錠をしていないそう。「以前は施錠することを当たり前に思っていましたが、“ひとりひとりがその人らしく生活してほしい”という私たち職員の願いから、まず最初に取り組んだことが施錠をやめることでした。施錠はしていませんが、ドアベルを装着し、スタッフが常に見守ることで、入居者さんの安全とプライバシーに配慮した安全管理をおこなっています」


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近隣の子ども食堂でボランティア



 その結果、入居者さんたちは朝自分で外へ出て、ほうきとちりとりで玄関周りをきれいにし、花に水をあげ、朝刊を取る…ごくふつうの日常のようで、介護施設ではあまり見られない“当たり前の暮らし”が送れるようになりました。また、健脚な人は地域の防犯パトロールに出かけたり、近隣の「ぷらっとkiricafe」で実施される子ども食堂でボランティア活動をしたりと積極的に外出し、社会や地域とのつながりも大切にしています。中には、スタッフよりも顔が広い入居者さんもいるんだとか。
 「周りとつながって生きるのって、当たり前のことじゃないですか。それが介護施設に入ったからできなくなるのではなく、逆に介護サービスを使ったからこそできるっていうことを叶えたいなと思っています」


「また働きたい」から始まった地域のアイス屋さん

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地域のこどもと交流する吉本カタコさん(右)


 入居者さんの主体性を大切にする理念と柔軟さから、水車の里ではユニークな活動がたくさん生まれています。2019年にホーム内でオープンした「おばあちゃんちのアイスクリーム」も、そのひとつ。入居者さんが店主となり、市販のアイスを手頃な価格で販売しています。学校帰りの学生や近所の子どもなど、毎日たくさんの人がホームを訪れる様子は、まるで昔ながらの駄菓子屋さんが賑わっている光景のようです。
 始まりは、入居者のひとり・吉本カタコさん(故人)の「私ももう一度働きたいな」の一言でした。40代で夫を亡くして以降、ずっと働いてきたという吉本さんは、ホームに入ってからは「もう何もしたくない」とほぼ引きこもり状態だったそう。「韓流ドラマだけが楽しみで、散歩に誘っても『意味もなく歩くことは好かん』って。何を言ってもあまり乗り気じゃなかったんです」
 そんな吉本さんはある日買い物に出かけた先で、お店に立っている同い年の人に偶然出会います。その姿に刺激を受け、自分の状況を見つめ直した吉本さん。かつて自身が青果店を営んでいたころは、地域の人が買い物に来たときの交流が好きだったことを思い出し、髙田さんの提案でアイスクリーム屋さんを開くことに。吉本さん本人が“社長”となって営業許可も区役所まで取りに行き、無事開店にこぎつけました。
 「それまでは本当に引きこもりだったんですけど、寝っ転がって休んでるときでも『社長、お客さんだよ〜!』って言うとポンと飛び起きるようになって。お勘定も最初はひとりでできなかったのに、スタートして2週間くらいでお釣りを出せるようになったときは
 “すごいな”って思いました」と髙田さんは振り返ります。


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この日も地元の高校生が訪れました



 累計1万個以上も売り上げるほど大活躍した吉本さんが2024年に亡くなったあとも、別の入居者さんたちが引き継いで営業中です。「すごくうれしかったのは、3歳と5歳くらいの姉妹が、“はじめてのおつかい”で使ってくれたこと。最初はビックリして『どっから来たの!?』ってなったんですけど、遠くの方でお母様が『います!』って合図をくれたんです」と髙田さんは笑います。「おばあちゃんちのアイスクリーム」は、地域のお店としてすっかり浸透しています。


ホームは子どもたちのピンチを救う場所

 アイス屋さんの活動をきっかけに地域の子どもたちがホームを訪れるようになったことで、見えてきた課題がありました。「よくアイスを買いに来てくれる子が、外が暗くなってるのにひとりで公園にいるのを見かけたことがあったんです。もしかしたら、いろんな課題を抱えた子どもたちが地域の中にいるんじゃないかと思いました」
 そういう子どもたちに何かできないかと、2年前からホームでハロウィンのイベントを始めました。子どもたちやそのご家族を招いて建物の中を実際に見てもらうことで、「こういう場所がある」と知ってもらうことが狙いです。しかし髙田さんはさらにそこから、ホームを子どもたちの「大ピンチひなんじょ」にするというアイデアを思いつきます。
 「鍵をなくしちゃったとか、お母さんが時間になっても帰ってこないとか、何かあったときに助けを求めてほしい。困ったときに“あ、そういえば…”ってこの場所が思い浮かんでくれたらいいなと思っています」
 そんな優しさからスタートした取組は、今年2月に行われた「第12回かながわ福祉サービス大賞」の事例発表会で審査員特別賞を受賞。「入居者さんのニーズを満たそうとしたら、そこに新たなものができてきて。またその中で見つかったニーズを満たそうとして…と、ひとつひとつ解決していくことで自然とつながってできたもの。そこを評価していただけたのはうれしかったですね」
 24時間365日必ず大人がいるからこそ、そして何よりも、日頃から活発に地元とのつながりを広げている水車の里だからこそできること。入居者さんたちが、社会参加を通じて近所の子どもみんなが知っているおじいちゃん・おばあちゃんになることで、「大ピンチひなんじょ」としての認識がますます広がっていくことを髙田さんは期待しています。

プロフィール

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団体名

グループホーム水車の里

活動内容

2006年に開業した認知症高齢者グループホーム。四季折々の景色とともに過ごせる自然豊かな環境で、18人の入居者さんが協力しあって生活しています。大切にしているのは、自分らしく生きることや、社会や地域とのつながり。半年に1回の日帰り旅行や近隣のこども食堂でのボランティアなど、積極的に表に出ながら笑顔で日々を過ごしています。地域の子どもたちのための「大ピンチひなんじょ」としての取り組みなどが評価され、「第12回かながわ福祉サービス大賞」の審査員特別賞を受賞。