県立中井やまゆり園元利用者の死亡事案に係る検証について 県立中井やまゆり園の元利用者が、令和6年7月4日に転居先の千葉県長生村で死亡した事案について報告する。 (1)対応経過 ア検証チームの設置 元利用者と関わりのある県内の支援機関とともに、転居前の生活や支援状況を振り返り、地域での生活を支えるために必要な支援等について検証をするため、「中井やまゆり園元利用者の死亡事案に係る検証チーム」(以下「検証チーム」という。)を設置した。 (ア)構成員 ( 座長 )佐藤彰一氏(國學院大學名誉教授) (支援機関)中井やまゆり園、支給決定自治体、相談支援事業所、短期入所事業所、障害サービス課 (イ) 開催状況 (第1回)令和6年8月27日(火) 議題〇検証チームの進め方 〇支援機関ごとの検証 (第2回)令和6年9月12日(木) 議題○検証チームの進め方 〇支援機関ごとの検証 〇支援機関の連携についての検証 〇制度や仕組みの検証 (第3回)令和6年10月28日(月) 議題〇中井やまゆり園元利用者の死亡事案に係る検証チーム中間報告書(案)について 〇今後の検証について (第4回)令和7年3月17日(月) 議題〇関係機関へのヒアリング及び公判の結果について ○最終報告書に向けた論点整理 (第5回)令和7年5月20日(火) 議題〇これまでの検証を受けての振り返り ○再発防止策について イ中間報告について 第3回までの検証チームにおける議論について、これまでの対応に係る各支援機関の振り返りと同様の事案の発生を防ぐための各論点等を整理して、令和6年12月10日に中間報告書として公表した。 (2)最終報告について ア検証の結果を踏まえた課題 (ア)本人支援 入所施設は、意思決定支援等により元利用者が望む暮らしを把握し、そのうえで、本人が持つ可能性を引き出し、本人と一緒に、地域における希望のある暮らしを作っていくための支援を行うべきであるが、そうした役割を果たせていなかった。 (イ)家族支援 ・関係機関は生活全般に支援が必要な家庭と認識していたが、関係機関の機械的な対応は、父母の負担を増加させ、孤立感を深めたと推察される。 ・地域生活が困難となった家庭に対し寄り添った支援を行う必要があった。 (ウ)虐待対応 虐待リスクのある家庭に対し、措置入所といった踏み込んだ対応を検討する必要があった。 イ再発防止策 (ア)基本的な考え方 障害当事者とその家族を孤立させず、寄り添った対応を行うため、本人を中心に家族と共に関係機関が意思決定支援を行い、検討の場には本人と家族も参画する協働型のチーム支援を実践していく。 (イ)当事者目線の支援 障害当事者本人の生き難さを理解し、本人の人生に共感して、本人が望む暮らしを実現できるよう本人との面接の機会を増やし、関係機関の話合いの場に本人も含めるなど本人を中心にご家族も含めた意思決定支援に取り組む。 (ウ)家族への寄り添い ・生き難さを抱える障害当事者や家族に対して、家族負担が深刻な状況である場合には、本人を中心とした意思決定支援を行ったうえで、支援体制が整うまで短期入所、通過型の入所を検討し、実行する。 ・県は、短期入所、通過型の入所の受入先を調整する体制の構築に向けて検討し、実行する。 (エ)虐待対応のスキームの明確化 ・家族から虐待を受けたと思われる障害当事者を発見した場合、関係機関は市町村へ通報する。 ・通報を受けた市町村は、組織内で虐待によるリスクのアセスメントを行うとともに、市町村または相談支援事業所は、関係機関が集まった話し合いの場を設定する。 ・その場で、虐待によるリスクを総合的にアセスメントし、生命にかかわるような緊急事態と判断される場合、市町村は措置入所による緊急避難的な施設入所を検討するとともに、地域生活支援拠点や基幹相談支援センターでの対応を調整する。なお、関係機関は、あらかじめ、措置入所先を確保しておく。 中井やまゆり園元利用者の死亡事案に係る検証チーム報告書 令和7年6月30日 中井やまゆり園元利用者の死亡事案に係る検証チーム 目次 T はじめに 1ページ 1 本報告書について 2ページ 2 元利用者及びその家族について 2ページ U 中間報告書公表後の検証概要 1 経過 4ページ 2 関係機関へのヒアリング結果 4ページ 3 父母へのヒアリング結果 7ページ 4 父の公判結果(概要)8ページ V 検証チームにおける議論 1 支援機関に共通する検証 9ページ 2 関係機関ごとの検証 10ページ 3 制度や仕組みの検証 13ページ W 検証結果を踏まえた課題 1 本人支援 15ページ 2 家族支援 15ページ 3 虐待対応 15ページ 4 関係機関の連携 16ページ X 再発防止策 1 検証チームが行う対応 17ページ 2 広域的に対応すべき課題 20ページ Y おわりに 21ページ Z その他 1 検証チームについて 23ページ 2 経過及び関係機関の関与状況 24ページ T はじめに 本事案は、親の高齢化に伴い、家庭での生活が困難となった重度の知的障害のある本人とその家族に生じた悲しい事案である。この検証作業を通じて明らかになったのは、重度知的障害のある方の地域生活を支える福祉の脆弱さと、それを必死に支えようとする家族の社会からの孤立である。 神奈川県(以下「県」という。)では、津久井やまゆり園で発生した痛ましい事件以降、県立障害者支援施設の検証を進めてきた。その過程で、施設内での長時間の居室施錠や職員による虐待、長期入所による健康リスクの見過ごし等、入所者の命を脅かす実態が明らかとなった。 令和3年11月には「当事者目線の障がい福祉実現宣言」を打ち出し、「施設から地域へ」という方針のもと、令和5年12月には「県立障害者支援施設の方向性ビジョン」を策定し、具体的な改革に着手した。 しかし、施設縮小を進める一方で、重度知的障害のある方が尊厳を持ち、当然に享受すべき地域生活をどのように支えるか明確なビジョンが示されず、「施設へ入所させればいい」という言説を止める具体的な対策が不足していた。 本事案の検証作業を通じて、現状では、知的障害のある方が家族に世話をされ続けるか、本人の意思に関係なく施設に入所させられるかという二択しかなく、他の選択肢が極めて限られていることが浮き彫りになった。家族が支援に行き詰まった場合の選択肢は、短期入所による一時的な休息か、最終的に精神科病院への入院という二択しか現実的に用意されていなかったのである。 さらに、虐待のリスクは長年にわたり存在していたにもかかわらず、関係機関は「普段は子どもを思いやる優しい家族」ととらえるにとどまり、本人への支援を家庭任せにしてきた。その結果、「自分たちでどうにかするしかない」と家族が孤立し、厳しい状況に追い込まれる構造が生まれていた。 今回の検証を通じて見えてきたのは、これは単なる一家庭での特異な事案ではなく、重度の知的障害のある方とその家族が地域社会から排除され、孤立するという日本社会の現実である。家庭の高齢化が進む中、本人の意思決定支援を通じて、地域での生活をどのように支えるかが喫緊の課題となっている。? 1 本報告書について ○ 県立中井やまゆり園(以下「園」という。)の短期入所等を利用していた男性(以下「元利用者」という。)が、令和6年7月4日に、転居先の千葉県長生郡長生村で死亡する事案(以下「本事案」という。)が発生した。 ○ 元利用者及びその家族とは、園が平成10年から一時利用という形で関わりを開始し、平成16年には長期入所を受け入れ、退所後も再び短期入所で関わる等、20年以上にわたって関わりを続けていたが、園は本事案の発生を防ぐことができなかった。 ○ また、元利用者及びその家族には、園だけでなく、様々な関係機関が関わっており、随所で家族からのSOSが発信されていたにもかかわらず、結果的に最悪の事態を招くこととなった。 ○ このことを受けて、元利用者のような重度の知的障害者を地域でどのように支えるべきなのか検討し、今後、同様の事案の発生を防ぐために、「中井やまゆり園元利用者の死亡事案に係る検証チーム」(以下「検証チーム」という。)を令和6年8月23日に立ち上げ、同年12月10日に中間報告書を公表した。 ○ 中間報告書公表以降、園以外の入所施設、千葉県長生郡長生村役場(以下「長生村」という。)、園元職員(ケースワーカー)、父母へのヒアリングを行い、このたび、課題と再発防止策をまとめ、検証チーム報告書とした。 ○ なお、この検証は、特定の機関及び個人の責任の追求、関係者の処分を目的とするものではなく、本事案の発生に至った要因の検証等を通じて、同様の事案を防ぐことを目的としていることを申し添える。 2 元利用者及びその家族について (1)元利用者 元利用者は、療育手帳A1、身体障害者手帳T種2級を所持する最重度知的障害がある男性である。2歳から、障害児通所支援事業の利用を開始し、小学校から高等部までは養護学校へ通学していた。短期入所、生活介護といった障害福祉サービスを利用したり、園に入所していた時期もあったが、家族の希望により平成17年4月に退所している。直近では、園を含む複数の短期入所事業所を利用していたが、日中の通所系サービスは利用していなかった。 (2)家族 元利用者は、父母、兄との4人家族である。兄は重度知的障害があり、障害福祉サービスを利用していたが、食事中の事故により令和3年に亡くなった。母が令和4年頃に体調が悪くなってからは、元利用者の主たる介護者は父のみとなっていた。 U 中間報告書公表後の検証概要 1 経過 令和6年12月10日 中間報告書公表 令和7年 1月29日 厚木精華園ヒアリング 1月31日 愛名やまゆり園ヒアリング 2月4日 長生村役場(基幹相談支援センター)ヒアリング 2月5日 グループホームけやきヒアリング 2月27日  父母ヒアリング 3月7日 園元職員ヒアリング 3月11日 意見交換会開催 (検証チーム+ヒアリング実施事業所) 3月12日 判決 3月17日 第4回検証チーム開催 5月20日 第5回検証チーム開催 2 関係機関へのヒアリング結果 (1)園以外の入所施設等 ※ 厚木精華園、愛名やまゆり園、グループホームけやき (ヒアリング結果のまとめ) ○ いずれの施設も、父母の疲弊が強く、また、高齢のため、対応が困難だろうと感じていたが、受入れには至らなかった。 ○ 虐待リスクについて認識に差があった。 ○ 本事案を受け、重度の知的障害の方を地域で支えることが重要な課題と受け止め、重度訪問介護を利用し、グループホームでも対応できるよう取り組んだ事業所もあった。 <厚木精華園> ・ 施設見学の際に、家族の焦りや疲労感を強く感じた。 ・ 緊急ケースとしての認識はあったが、その時の園の状況や介護度の高い中高齢の方が多い園の特性により、受入れが難しかった。 ・ 在宅のサービスや家族が頼れる場所が必要だと感じている。 ・ 日中の活動先として、生活介護事業所等で重度の方の受入れに特化した事業所があれば良いと感じている。 ・ 移動支援等の事業所数が増える必要があると思うが、一方で人手不足の状況もある。今回の事案は、すべての問題が凝縮されていると感じている。 <愛名やまゆり園> ・ 兄弟二人とも重度の知的障害があり、自宅での生活が大変だと認識していた。父母も高齢であり、支援の困難さも感じていた。 ・ 虐待リスクとしての認識や報告はなかった。短期入所時等で父母と関わる際にも、虐待を疑うような様子は見られなかった。 ・ 定期的に短期入所利用をしていたが、感染症の流行に伴う受入れ制限により利用が途絶えた。 ・ 令和5年に入所前提の短期入所の利用の問合せがあったが、当時の待機状況により施設入所は難しいと報告した。通常の短期入所利用については、自宅からの送迎が家族にとって負担だったため、以降の申込みはなかった。 ・ 送迎や移動の支援等、サービスにつなぐためのサービスが必要と考えている。 ・ 緊急時に必ず受け止められる制度や仕組み、事業所が必要と考えている。 <グループホームけやき> ・ 父母は高齢で疲弊している様子が見られ、かなり困っている印象だった。 ・ グループホーム体験利用を受け入れたが、元利用者の様子により、他利用者の支援に困難さが生じたため、途中退所となった。 ・ 職員の配置が手厚くできれば支援力も違ったと感じている。 ・ 現在は重度訪問介護を利用し、マンツーマンでの対応を可能とすることで、重度知的障害の方を受け入れられるよう取り組んでいる。 ・ 重度知的障害者を受入れできる日中活動先が必要だと感じており、今後自法人で他県だが生活介護事業所を設置することとなった。 (2)園元職員(ケースワーカー) (ヒアリング結果のまとめ) ○ 父母は高齢であり、疲労感から憔悴している印象を受け、また、父が元利用者に対して声を荒げる等、負担軽減の必要性は認識していたが、虐待リスクへの対応には至らなかった。 ○ 短期入所は、一定のルーティンに基づいた利用のほうが、元利用者及びその家族にとってわかりやすいと考えていたが、別の方法を考えても良かった。 ○ 入所について提案したこともあったが、その当時、父母は自宅で一緒に暮らしたいという希望があり、入所には至らなかった。 ○ 一生懸命に家庭で面倒をみている家族にとって、利用を断られると、自分たちで見るしかないと考え、孤立してしまう。 ・ 元利用者とその家族へは、複数年にわたった対応をする中で、いろいろと話を聞いたり、相談に乗ったりし、関係づくりを大切にしてきた。 ・ 父母は疲れている様子があり、父は時折憔悴している印象だった。園の利用だけでは到底足りないとも感じていた。 ・ 短期入所においては、一定のルーティンに基づいた利用のほうが、元利用者や家族にとってわかりやすいと考えていたが、より希望に沿った、ルーティンに基づくだけではない方法があれば良かったと思う。 ・ 長期入所について、令和2年の申込み以前、施設に空きが出た際等に父母に入所を働きかけたことがあったが、「まだ頑張れる」と父母より返答があり入所には至らなかった。もとより、積極的な入所の意向はなく、基本は自身で看たいとのことだった。 ・ 入所以外の選択肢を一緒に考え、本人や家族に伝えていく関係性が必要だと感じている。 ・ 施設に入ることだけでなく、本人や家族がどのように生活をしてきたのか、その生き方を選ばなければいけなかったのか等、正解や不正解で量らない眼差しが必要だと感じている。 (3)長生村 (ヒアリング結果のまとめ) ○ 長生村には施設や病院等の資源が少なく、受入れに不安を感じていた。実際に、入所施設をはじめ短期入所や在宅サービスには空きがなく、転居後のサービス利用は難しい状況だった。 ○ また、父母の気持ちの確認が十分できていなかった。さらには、虐待リスクがあるとの認識には至らなかった。 ○ 小田原市役所(以下「小田原市」という。)からの引継ぎは、書面だけでなく、密に連絡を取る必要があった。 ・ 転居前と転居後に家庭訪問の調整をしていたが、家族の都合もあり、転居の10日後に1度しか家庭訪問を行えなかった。 ・ 長生村でも短期入所の調整はできるが、施設が少なく空きがない状況だった。村でのサービス利用が決まるまでは、小田原市在住時と同様に園の利用について支給決定できることを伝えたが、利用することはなかった。 ・ 日中活動も短期入所も長生村の施設に空きがなく、すぐの利用は難しかった。村単体では入所施設はなく、圏域での検討が必要だと認識していた。 ・ 家庭訪問時、母からは話を聞いていたが、父の気持ちを聞く機会がなかった。父と母の受け止めは違った可能性もあり、父の気持ちをしっかりと聞けていれば、対応は違っていたかもしれない。 ・ 家庭訪問や施設見学等がきっかけで元利用者の混乱を引き起こしたり、それによる家族の疲弊が生じることも考え、関わりに消極的になってしまった。 ・ 家庭訪問時に父母が虐待をしている様子はなく、引継ぎの資料にも虐待についての記載は令和5年9月以降なかったため、虐待リスクとしての認識はなかった。 3 父母へのヒアリング結果 (ヒアリング結果のまとめ) ○ 障害のある子どもが2人生まれた時点で、周りからは見捨てられている。 ○ 父の姉弟にはそれぞれの生活があり相談できなかった。そのような状況では施設に頼るしかなかった。 ○ 本人がこれから先どうなってしまうのか、不安だった。 ○ 当時の本人の状態ではどこに行っても対応が難しく、声をかけてもどうしようもないと思い諦め半分だったため、行政や福祉職員には相談自体しなかった。自分たちでどうにかするしかないと思っていた。 ○ 園に入れておけばよかったと思い、悔やんだことがある。 ・ 障害のある子どもが2人生まれた時点で、周りからは見捨てられている。転居後、周辺には小さい子もおり、外に出すわけにはいかないと感じていた。 ・ 新型コロナウイルス感染症で短期利用日数が2泊3日の利用が1泊2日になりがっかりした。 ・ 物を全部壊してしまうため、他の利用者がいる施設での対応は無理だと思った。 ・ 園の再入所について話したが、枠が埋まっていると言われた。 ・ 受診しても、体が曲がった原因や治し方の説明はなかった。 ・ 詳しく説明をしてくれる人が周りにおらず、自分たちには情報が入ってこなかった。 ・ 相談相手については、実際に自分がその立場になってみないとわからないと思っていた。 ・ 自分たちで何とかしなければならない、生きている間ずっと背負い続けなければいけないことだと考えていた。 ・ 当時の状態ではどこも受け入れてはくれないだろうと考えていた。声をかけてもどうしようもないと思い、諦めていた。 4 父の公判結果(概要) (1)判決 令和7年3月12日に、父に対して懲役3年、執行猶予5年の判決が下された。 (2)理由 障害特性により障害者支援施設の介護職でさえその支援に困難を感じる元利用者に対して、父母は、長年にわたり愛情を注いで献身的に支えていた。父は、母の衰えを感じながら、養育の限界さを支援施設に訴えたものの、十分な福祉的支援を受けられなかった状況は、父のみが責められる状況ではないことから、上記判決となった。 V 検証チームにおける議論 1 支援機関に共通する検証 (1)本人への支援 関係機関は、詳細なアセスメントは行っておらず、「家庭で介護するのは大変な方」との認識は持っていたが、本人の人柄や、何に生き辛さや困難を抱え、その中でどのような夢や希望を持ち、望む暮らしは何なのか、本人を理解し、共感する関係性を持った当事者目線の支援を行えていなかった。 (2)父の孤立 父は、日中の多くの時間を元利用者と二人でドライブをして過ごしており、特に母が体調を崩してからは、元利用者と二人の時間が増えていた。そのような状態は父にとって負担が大きかったものと推察される。 新型コロナウイルス感染症が流行する以前には、関係機関により、時折、家族を含めたカンファレンスが開催されていたが、父から入所希望が強くなった令和5年以降には元利用者及びその家族が出席した打合せは開催しておらず、家族には、入所できない等の事実のみが伝えられることになった。 家庭での生活を支える在宅サービスを適切に実施するためには、支援者と利用者との間での信頼関係が必要であるが、関係機関は、元利用者及びその家族と信頼関係を十分に築くことができておらず、父は孤立していったと考えられる。 (3)家庭からのSOSへの不十分な対応 検証チームのメンバーは、父母から虐待があったとの認識を持っていたが、組織内において然るべき共有が行われておらず、担当者が変わる中で十分な引継ぎもされていなかったため、虐待が家庭からのSOSであるという認識を十分に持てなかった。 そのため、元利用者の状態や家族の状況、これまでの支援機関の関わり等を検証するといった虐待リスクに対する踏み込んだ対応策の検討がなされなかった。 また、新規の入所相談や体験受入れ等で関わりのあった機関は、父母からの虐待があったとの認識を持っていない機関もあった。 加えて、虐待の発生等のリスクを持つ家庭が転居する場合には、十分な引継ぎが行われないことにより、虐待リスクの認識低下等、危機的状況を招く可能性があることを関係機関は十分に理解する必要があった。 小田原市、または相談支援事業所である(社福)永耕会相談支援センターういず(以下「相談支援事業所ういず」という。)が中心となって、元利用者及びその家族に関わるすべての機関が共通認識を持てるようアセスメント、情報共有を丁寧かつ十分に行う必要があった。 (4)関係機関のつながりの弱さ 関係機関の情報共有が十分に行われていなかった背景には、それぞれの機関が個々の業務に従って、元利用者及びその家族に対応しているのみで、関係機関同士が連携するための基盤となる信頼関係は十分ではなかったことが推察される。日常的なコミュニケーションや意思決定支援のプロセスを重ねることで、本人を中心に家族も含め関係機関との信頼関係の構築が不可欠である。 重度の障害を持つ方への障害福祉サービスが不足している状況は、地域によって大きな差はないと推測されることから、資源が十分にない可能性があることや、そのことから障害福祉サービスの導入までに時間を要すること等の生活リスクを家族と関係機関が共有する必要があった。 2 関係機関ごとの検証 (1)県・園 ア 寄り添う支援 園は、元利用者及びその家族の気持ちに十分に寄り添うことなく機械的な対応を行っており、例えば、短期入所の際に、規定体温を超えた場合に十分なクーリング時間を設けないまま受入れ不可の判断を行ったり、園内で怪我をした場合に入所期間を短縮して家族に迎えに来てもらう等の対応をしていた。 父は、公判の際に、「息子が暴れて警察を呼んでも、最終的には、自分が息子を連れて帰らざるを得ず、その繰り返しが非常に苦しい。」といった趣旨の発言をしており、誰にも頼ることのできなかった苦しみが想像される。 また、母は、相談支援事業所ういずとのやりとりの中で、「園から、新型コロナウイルス感染症の発生を理由に短期入所を断られたが、本当のことか疑っている。」といった発言をしていた。 しかし、園に対して、直接的にはこうした訴えはなったことから、本質的に家族と園が信頼関係を築くことができていたとは言い難い状況であった。 イ 福祉的介入 園は、父との関わりで、「手を挙げることはあっても本人への想いは強い。顕著な暴力を振るような父親ではない。」との認識を持ち、元利用者の状態や家族の状況、これまでの支援機関の関わりの検証といった虐待リスクも含めたアセスメントが十分にできていなかった。また、長生村への転居後、生活状況の確認等の対応を行っていない。 ウ ケースワーク 園は、家族のレスパイトケアを目的とした短期入所を提供するのみで、元利用者及びその家族に対する意思決定支援を行う等、本人が歩んできた人生や本人の希望、生きづらさ等を理解したうえでの寄り添った支援ができていなかった。また、施設利用時、元利用者は家庭で生活するよりも自傷行為が増える等、落ち着かない様子であった。そのほか、園は、家族から入所相談を受けた際に、入所を断ることで与える家庭への影響等、十分な検討がなされていなかった。これらのことが、元利用者及びその家族との信頼関係を築くことができなかった要因として考えられる。 加えて、県は、コロナ禍の対応や虐待事案等の改善のために新規入所を停止すると判断した際に、元利用者を始めとする在宅で生活している方への支援について、十分な検討をしておらず、必要な対応、施策が十分に取られていなかった。 (2)短期入所事業所 ア 寄り添う支援 元利用者の意思に反して短期入所を利用していた可能性があるが、短期入所事業所の支援によって、元利用者は落ち着いて過ごすことができており、また、利用開始時の検温を行った際にも、クーリング時間を設ける等の対応を行い、元利用者を受け入れるための工夫を行っていた。 イ 福祉的介入 父の元利用者に対する虐待は、継続的に行われたものではないとの認識を持ち、危機感が低かった。 ウ ケースワーク 生活全般に支援が必要な家庭との認識を持ちながらも、短期入所以外のサービス利用を提案することができなかった。 (3)相談支援事業所ういず    ア 寄り添う支援 家族の介護疲れによる元利用者の家庭生活のリスクについて認識を持っていたが、在宅サービスや通所利用につながらず、入所施設も見つからないまま、家族は疲弊していった。 転居先がどこであれ障害福祉サービス事業所や入所施設を決定する難しさは変わらないことや、新たな場所で手続きを行う負担感やそれに伴う家庭の生活リスク等を、事前に、元利用者及びその家族に説明する必要があった。 イ 福祉的介入 家庭の状況を把握し関係機関と共有していたが、関係機関は同じ意識、目線を持つまでには至らなかった。    ウ ケースワーク 関係機関の中で、家族とのやり取りを最も行っており、家族の希望を念頭に置きながら、在宅サービスの提案や通所先の見学、体験に向けた調整を行っていた。 転居時には関係機関に必要な情報を伝え、引継ぎを行った。その際、転居先の基幹相談支援センターからはサービスを組み立てていくとの情報から、特に関与しなかったが、その後の状況を確認すべきだった。 (4)小田原市    ア 寄り添う支援 短期入所の支給決定を国が定める年間180日に変更しているが、虐待リスクを鑑みて利用者の心身の状況等を勘案したうえでの支給決定を検証、実施する必要があった。 イ 福祉的介入 小田原市は虐待通報を受けると事実確認を家族や関係機関に行い、入所施設やサービス調整をしていたが、本事案を防ぐことはできなかった。 また、施設入所やグループホームを目指していても、サービス利用につながらない中で、地域のネットワークで活用できるものがないか相談支援事業所や基幹相談センターと協議し、命の危険が生ずる恐れがある場合には措置も検討する必要があった。 ウ ケースワーク 小田原市は、虐待による家庭生活のリスクを元利用者に関係する全ての機関と共有するために中心的な役割を果たすとともに、担当者が変更する際には、虐待リスクの認識が適切に引き継がれない恐れがあることに留意し、定期的に情報を共有する必要があった。 3 制度や仕組みの検証 (1)在宅サービス 各機関は、家庭での元利用者のリスク(虐待リスク含む)に対する認識を持って在宅生活を支えるための日中の通所先や移動支援の導入を検討した。 しかし、生活介護事業所の利用は対応が難しい等の理由で、2か月程度で利用を終了し、移動支援は利用に至らなかった。 これらの背景には、行動面に支援が必要な方を十分に支援するための在宅サービスが充足していないことに加え、自宅に人が来る訪問系サービスは家族による拒否が出やすく、信頼関係構築の難しさがあった。また、一人の訪問では、元利用者のことを介護することはできないと家族は考えたことから、導入には至らなかった。 虐待によるリスクが危機的状況に近づいている場合には、市や基幹相談支援センターが中心となり、地域生活支援拠点、入所施設及び精神科病院等全ての地域の社会資源が連携し、地域で支えるためにどうすればよいか検討し、対応する必要があった。 現状、小田原市の自立支援協議会では虐待リスクのある家庭への支援について検討はされておらず、地域生活支援拠点は「療育手帳A1、A2を所持しているが、サービス利用につながっていない方」を対象に、緊急時の受入れ等を行っているのみである。 元利用者及びその家族の状況を考えると、緊急的な対応が必要な家庭は地域生活支援拠点の対象にすることや、自立支援協議会に専門部会を設置し、虐待リスクにある家庭への対応を地域の課題として検討する等の対応が必要であった。また、基幹相談支援センターの関与を検討する必要があった。 (2)施設入所 支援の前提として、意思決定支援を通じて障害のある本人が望む支援を考える必要があり、支援機関が家庭や地域での生活を支援することが困難であることや家族を安心させることを理由に、長期の施設入所を本人に押し付けることは人権擁護の観点から許されるものでない。 本事案では、家族からの家庭での支援の困難な状況の訴えに対し、関係機関は、長期の施設入所ありきで、グループホームを含めた空き状況を確認し、対応可能な受入先を探しているのみであった。 元利用者の状態や家族の状況、これまでの支援機関の関わりを検証するといった、それぞれがアセスメントし、元利用者を中心に家族と共に、これからの元利用者の支援のあり方を検討する意思決定支援の取組がなされていない。 上記を前提としたうえで、新型コロナウイルス感染症の流行や不適切事案によって新規入所を止めている状況であっても、県は入所期間を限定した通過型の入所受入れを検討すべきであった。 (3)短期入所 園や短期入所事業所は、家族のレスパイトケアを目的とした短期入所の利用であっても、元利用者支援の視点から個別支援計画を策定する等の対応が必要であった。その上で、感染症拡大防止等の非常時において、短期入所の対応が困難となった場合を想定し、障害のある本人やその家族に与える影響を十分に考慮した上で、個々の対応を丁寧かつ十分に検討する必要がある。 (4)虐待防止 小田原市は、障害のある本人の命を守り、家族に悲しい選択をさせないためにも、長期の施設入所を前提としない一時的な措置入所を検討する必要があった。また、県は、措置先として、新規入所停止中であっても、園において可能であることを認識しておくべきだった。 (5)その他(感染症流行時等非常時への準備) 障害のある本人の家庭や地域での生活を支えるにあたって、短期入所や在宅サービスは重要な役割を担っており、定期的に使えていたサービスが使えなくなることや期間が短くなることは本人や家族にとって重大なことである。 今回、新型コロナウイルス感染症の施設内での集団感染を防ぐことを目的に短期入所の停止等の対応が行われたことが、結果的に、家庭に負担を押し付け、虐待リスクを高めたことを重く受け止め、非常時の対応を想定し、平時から指定基準に定められているBCPの策定に取組む必要がある。 ? W 検証の結果を踏まえた課題  1 本人支援 ○ 入所施設は、意思決定支援等により元利用者が望む暮らしを把握し、その上で、本人が持つ可能性を引き出し、本人と一緒に、地域における希望のある暮らしを作っていくための支援を行うべきであるが、そうした役割を果たせていなかった。 ○ 関係機関においても、本人がどのような暮らしを望んでいたのかを語れない状況であった。意思決定支援が不足しており、本人が望む暮らしを中心に支援を構築していく必要があった。 2 家族支援 ○ 関係機関は生活全般に支援が必要な家庭と認識していたが、関係機関の対応は、父母の負担を増加させ、孤立感を深めたと推察される。地域生活が困難となった家庭に対し寄り添った支援を行う必要があった。 ○ 関係機関は、元利用者が地域での暮らしで何に困っていたのか、どのような暮らしを望んでいたかを語れておらず、家族が支援機関との信頼関係を構築することは難しかった。 ○ こうしたことが孤立感を生む背景にあったと推察され、関係機関は、元利用者を中心とし、家族とともに本人の地域生活をどのように支えるか検討する必要があった。 3 虐待対応 ○ 関係機関は、元利用者の状態や家族の状況、これまでの支援機関の関わりを検証し、この家庭が追い込まれている状況等から緊急度を判断するといった踏み込んだアセスメントができていなかった。 ○ この家庭における虐待リスクについて、それぞれの組織内の情報共有や担当者変更による引継ぎの不十分さ等による認識のずれを解消する必要があった。 ○ 虐待リスクのある家庭に対し、措置入所といった踏み込んだ対応を検討する必要があった。 ○ 虐待リスクのある家庭に対し、小田原市は地域生活支援拠点や自立支援協議会の活用により地域資源を拡充する必要があった。また、県は、命を守る対応として、緊急的に施設入所による支援を検討し、対応する必要があった。 ? 4 関係機関の連携 ○ 関係機関がそれぞれの業務を制度に基づいて実施していたが、関係機関の機械的な対応が元利用者及びその家族を孤立させていた。 ○ 地域生活を支えるという共通の役割のもとで、元利用者を中心に家族と共に関係機関が意思決定支援を行い、本人と家族、関係機関が、地域とともに、本人が望む生活を実現できるよう取り組む必要があった。 ? X 再発防止策 1 検証チームが行う対応 (1)基本的な考え方 人一人の命が奪われた結果は重大であり、命を奪う行為はどのような事情があっても決して許されることではない。しかし、本事案の責任は、父だけが負うものではなく、関係機関が、元利用者の意思決定支援、家族への寄り添った対応が十分でなく、この家庭が困った時に助けを求めることができる関係が構築できなかったことに問題がある。関係機関は、元利用者及びその家族を孤立させてしまったこと、また、このことは、社会的なネグレクト(虐待)であったと指摘されてもおかしくないことと重く受け止め、再発防止に取り組まなければならない。 県は、当事者目線の障害福祉を推進していくために、令和5年4月1日に『神奈川県当事者目線の障害福祉推進条例〜ともに生きる社会を目指して〜』を施行している。障害者の支援は、この基本理念に基づき、家族の意向や支援者の判断ではなく、障害のある本人の目線に立った支援を前提としなければならない。 そして、各機関、支援に当たる一人ひとりの個人が自らの役割と責任を認識し、家庭を地域社会から孤立させず、障害のある本人とその家族に寄り添った対応を行わなければならない。 そのためには、本人を中心に家族と共に関係機関が意思決定支援を行い、検討の場には本人と家族も参画する協働型のチーム支援を実践していかなければならない。 (2)具体的な対応 ア 当事者目線の支援 ○ 元利用者は家族や支援者が対応に苦慮する行動を見せていたが、その背景には元利用者が生き難さを抱え、そのような行動を取らざるを得ない状況があったと推察される。 ○ そのような障害当事者に対して、本人の生き難さを理解し、本人の人生に共感して、本人が望む暮らしを実現できるよう本人との面接の機会を増やし、関係機関の話合いの場に本人も含める等本人を中心にご家族も含めた意思決定支援に取り組む。 イ 家族への寄り添い  ○ 本事案は、元利用者の生き難さを誰も理解することなく、地 域で生活しながらも、孤立した家庭の中で発生したと考えられる。 ○ このような生き難さを抱える障害当事者や家族に対して、支援者ができることはなにか、当事者の目線に立って、各支援者・機関は考え続け、それぞれが持つ資源やノウハウを最大限発揮して(あるいは一歩踏み出した)支援を提供し、障害当事者や家族に寄り添い続ける覚悟を持ち、対応する。 〇 話し合い結果のみを家族に説明するのではなく、話し合いの場に家族に参加してもらい、結論にある背景まで丁寧な説明を行い、家族が納得できる支援体制を構築する。 ○ 在宅での生活では、家族負担が深刻な状況である場合には、本人を中心とした意思決定支援を行ったうえで、支援体制が整うまで短期入所、通過型の入所を検討し、実行する。 ○ 県は、短期入所、通過型の入所の受入先を調整する体制の構築に向けて検討し、実行する。 ウ 虐待対応のスキームの明確化 ○ 家族から虐待を受けたと思われる障害者を発見した場合、関係機関は市町村へ通報する。 ○ 通報を受けた市町村は、組織内で虐待によるリスクのアセスメントを行うとともに、市町村または相談支援事業所は、関係機関が集まった話し合いの場を設定する。 ○ その場で、虐待によるリスクを総合的にアセスメントし、命に関わるような緊急事態と判断される場合、市町村は措置入所による緊急避難的な施設入所を検討するとともに、地域生活支援拠点や基幹相談支援センターでの対応を調整する。なお、関係機関は、あらかじめ、措置入所先を確保しておく。 ○ 措置入所を受け入れた施設において、改めて、本人の状態について再アセスメントを行う。また、市町村や相談支援事業所は、地域生活に必要な日中活動の場の確保等本人の暮らしづくりに向けた支援の立て直しを行う。 ○ 以上の対応を行うに当たっては、本人を中心に関係機関も含めた意思決定支援を行うとともに、意思決定支援に基づき地域生活に必要な資源の充実を図る。   エ 関係機関の連携による隙間を生まないケースワーク    (県・園の対応) ・ 短期入所を断らざるを得ない場合や長期入所先が見つからない場合には、相談支援事業所のみが対応するのではなく、断った園や他の入所施設は、その後の生活をフォローするとともに、関係機関と協力しながら、電話連絡、家庭訪問等を行う等、現状把握を行いながら園、他の入所施設としてできることを検討し、対応を継続する。 ・ 虐待リスクのある家庭に対応する場合は、本人の状態や家族の状況についてのアセスメントやこれまでの関わりの検証を行い、家庭への支援のあり方を組織として検討し、対応する体制を構築する。 ・ 市町村が措置入所を検討している場合、障害のある本人の命を守るべき対応として、園や他の入所施設は地域生活の立て直しに向けた通過型の入所支援を実施するとともに、県は、園や他の入所施設、関係機関の対応が十分に行えるよう必要なサポートを実施する。 (短期事業所) ・ 虐待リスクがある場合には、組織内の全ての職員が同様の認識を持ち、対応ができるような体制を構築する。 ・ また、事業所の実情から受入れが困難な場合であっても、命を守るべき対応として、事業所としてできることがないか検討を継続する。 (相談支援事業所ういず) ・ 障害のある本人を中心に、本人と家族から希望を聞く。 ・ 虐待を含む生活上にリスクを抱えている家庭を支援する 場合には、1人の担当者や1つの事業所で対応していくことには限界があるため、小田原市を中心とした関係機関と密に情報共有を行い、一事業所で抱え込まずに対応する。  (小田原市) ・ 虐待リスクのあるケースに迅速に対応し、終結に至るまで関係機関と連携し、本人と家族に寄り添いながら支援に取り組む。 ・ 障害のある本人が、望む暮らしを実現できるよう、相談支援事業所や委託相談支援事業所、基幹相談支援センターと日頃から連携を図り、適切な支援体制を構築するとともに、特に虐待リスクのある家庭への情報共有のあり方や支援方法を新たに検討し、対応する。 ・ 具体的には、地域生活支援拠点の対象者に虐待リスクのあるケースを含めることを検討し、登録事業所の拡大に努めることに加えて、圏域、県の自立支援協議会と連携も図りながら地域課題の共有及び課題解決に取り組む。 2 広域的に対応すべき課題 ○ 市町村は、緊急的な対応が必要な家庭がないか基幹相談支援セン ターや相談支援事業所への調査等を行い、継続的に把握し、対応を主体的に検討する体制の構築が必要である。また、自立支援協議会を活用しながら、広域的な体制構築を図っていく。 ○ その中で、現在のサービス体制や地域の実情により、在宅での生活では、命を守るべき対応が困難な場合には、基幹相談支援センター、地域生活支援拠点による協議を行いながら、やむを得ない場合には措置による短期入所、通過型の入所を検討する。 ○ 県は、市町村が対応を行うための体制構築を支援し、措置による短期入所、通過型の入所の受入先を調整できる体制を構築する必要がある。 ? Y おわりに〜今後の検討に向けて〜 本検証作業を通じて、関係機関が問題を振り返り、再発防止策をまとめた。しかし、これによって重度の知的障害のある方の地域生活を支える福祉の脆弱さや、家族の孤立が解決されたわけではない。 今後の課題として、以下の点が重要となる。 第一に、「施設への逆戻り」を防ぐ必要がある。今回の事案を受け、「重度の知的障害のある人は施設に入所させるしかない」という考え方が広がり、障害者を地域から排除する動きが生じることは避けねばならない。施設に入りたい本人や、地域社会から子どもを離したい家族は存在しない。関係機関の振り返りでは、施設への長期入所を求める声があった。重度の知的障害者とその家族が初めから地域住民として見られず、「やっかいもの」として扱われていることが問題である。この問題は重度の知的障害者とその家族の問題ではなく、支援機関を含めた地域社会のあり方にあることを再認識する必要がある。 第二に、本人への虐待対応を徹底。今回、「本人は家族と一緒の方が良いと思われる」という理由で「当面、様子を見守る」と判断された。ここには意思決定支援についての理解不足がある。意思決定支援は本人が言っていることを単純に鵜呑みにするのではなく、なぜそう思うのかのアセスメントが必要である。また、虐待事案は、本人の安全確保だけでなく、家族全体が支援を必要としていることを認識し、家族を加害者としてのみ捉えずに対応を行うことが不可欠である。加えて、虐待リスクを認識しているのであれば、単に家に帰すだけでなく、家庭へ支援を入れる必要がある。分離も含めた地域支援、これを関係者が検討する必要がある。地域における緊急対応の体制として、地域生活支援拠点の整備が急務である。 第三に、本人の地域生活支援を目的とした期間限定の施設入所支援の確立。今回、家族からは「自分たちでどうにかするしかない」という諦めの声が上がっている。現状では、家族のレスパイトケアを目的とした「短期入所」と、本人を隔離する「長期入所」の二者択一が家族を追い込んでいる。重度の知的障害者支援に実績のある施設に期間を決めて入所し、本人の特性や困難を評価し、支援を立て直す取り組みを行うことが重要だ。同時に、家族への相談支援や地域での支援に関わる人材が連携し、本人が施設にいる間に支援体制を整える「通過型支援」を迅速に実施する必要がある。 第四に、本人を中心とした意思決定支援の徹底。本人の特性や困難を評価・理解し、望む暮らしをともに考え、実現するための支援チームが必要である。従来の縦割りの支援体制ではなく、家族を孤立させず、本人の生活について何でも話し合い、お互いが助け合える信頼関係を築く、家族も参画する協働型の支援チームが求められる。 第五に、地域での生活を支える具体策の推進。自立支援協議会の活用等を通じ、求められるグループホームや日中の活動拠点の整備を促進することが重要である。また、家庭への訪問介護や移動支援の充実に向けた取り組みを進め、そこで働く人材の育成を計画的に行う必要がある。行政と民間が一体となり、長期的視点を持って取り組んでいかなければならない。 今回の検証を通じて見えてきたのは、この事件は、一家庭での特異な事案ではなく、重度の知的障害のある方とその家族が地域社会から排除され、孤立するという日本社会の現実である。こうした悲しい事案を経験した神奈川県だからこそ、全国に先駆けて、徹底した障害福祉施策の改革に取り組んでいただきたい。 ? Z その他 1 検証チームについて (1)メンバー  学識経験者(第三者) 國學院大学 佐藤 彰一名誉教授 支給決定自治体 小田原市福祉健康部障がい福祉課 相談支援事業所 (社福)永耕会 相談支援センターういず 短期入所事業所 (事業所名非公表)  県 福祉子どもみらい局福祉部障害サービス課 中井やまゆり園 (2)開催状況    [第1回] 開催日 令和6年8月27日(火)         議 題 ・ 検証チームの進め方             ・ 支援機関ごとの検証             ・ 次回の会議に向けて  [第2回] 開催日 令和6年9月12日(木)         議 題 ・ 検証チームの進め方             ・ 支援機関ごとの検証             ・ 支援機関の連携についての検証             ・ 制度や仕組みの検証    [第3回] 開催日 令和6年10月28日(月)         議 題 ・ 中井やまゆり園元利用者の死亡事案に係る検証チーム中間報告書(案)について           ・ 今後の検証について  [第4回] 開催日 令和7年3月17日(月)         議 題 ・ 関係機関へのヒアリング及び公判の結果について             ・ 最終報告書に向けた論点整理    [第5回] 開催日 令和7年5月20日(火)         議 題 ・ 最終報告案について ? 2 経過及び関係機関の関与状況 年月日 家族・関与の状況 S52年 兄出生 S54年 元利用者出生 S61年-H10年 小学校から養護学校(現支援学校)に通学 明るくやんちゃな性格をしており、身体を動かすことが好きで、小中学生のころにはかけっこが速く、ラジオで聞く箱根駅伝を楽しみにしていた。石川さゆりやテレサ・テンのCDを好んで聞いていた。 H10年 4月 生活介護利用開始 養護学校(現支援学校)卒業に伴い、生活介護事業所の利用を開始 服薬開始するが、自宅では安定した服薬ができず。 10月 園を一時利用 当時から家族は「将来は兄弟で施設利用を考えている」と話していた。以降、家族の冠婚葬祭やレスパイト等の理由で、園を不定期に一時利用。 H12 生活介護週5回通所 送迎は父の場合は車、母の場合は電車を使っている。迎えは父の場合が多い。「家の中ではテレビを見ていることが多い。休みの日は、散歩を兼ねて外出することが多くあまり家にはいない。 H13 父の体調や兄の怪我の看護のために園を一時利用。 H15年10月 〜同年12月 園で集中療育 園において集中療育を受け、園診療所と精神科病院と情報共有し服薬調整を行う。集中療育中に、上半身の傾き等の状態の変化。 H16年 1月 元利用者、兄の体重が減少 父が兄弟の介護を一人で行っていることが原因である可能性がある。 7月 園入所 上記状況に加え、精神科に定期的に通院していない状況も踏まえ、同年7月、関係機関の働きかけにより園に長期入所開始 長期入所の間、本人の抗精神科薬による身体的影響及び精神科薬の調整について園診療所と精神科病院等との間で、情報共有がなされ、医療面での対応を行った。     10月 園に入所中に本人の体重が落ちたこと、施設入所していることによる母の精神状況等から家族より退所の相談 H17年 4月 園退所 「病状も治りそうもなく、あとどれくらい一緒に入れるか分からない、本人を家庭で見たい」と家族から訴えがあり、園を退所。日中は母が自身で見る旨の発言あり。 退所後、園職員等が家庭訪問した際、体重の減少、身体機能の低下が見られ、立つことのできない状態     5月 日帰りの短期入所実施(週1回) ケース会議 虐待のリスクがあれば、措置も検討してほしいことを園から小田原市に要請した。 H18年 1月 虐待情報@ 園の日帰り短期入所の際、虐待が疑われる痕跡を発見し、小田原市へ報告。小田原市は、父親から「本人が眠らない日が続き、ついやってしまった」と状況を確認。短期入所の利用を促し、短期入所先を探すが見つからず。日中活動の場を探すこととなった。 H19年 10月 虐待情報A 父母より虐待を疑わせると話あり。園の短期入所実施。また、精神科病院・園の連携を確認。 小田原市は精神科病院への入院調整を図るが、入院の効果はないと医師の所見あり。 11月 ケース会議 宿泊短期入所 ケース会議により父母より毎週の2泊短期入所希望があり、園の状況から1泊と2泊を交互に宿泊短期入所を実施。 H20年 相談支援事業所が在宅支援訪問養育等指導事業として、月1回の家庭訪問を開始。H25年度まで実施。 4月 短期事業所の利用開始 園に加えて、短期事業所の利用を開始。 H25年 5月 虐待情報C 園の短期入所利用時、虐待を疑わせる痕跡を確認。小田原市に通報。家では父がほぼ対応しており、睡眠不足。平日の通所先の希望あり。関係機関で、今後入所に向けて検討していくことを確認するとともに、施設の短期入所中の様子として、睡眠リズムが不安定であることを共有。 H25年 7月 ケース会議 家族との関係性に考慮しながら、入所に向けて家族と調整することを確認。虐待に関する情報共有を行った。 H27年 5月 10日間の短期入所 様子として「他利用者にあまり干渉されない環境のためか、以前と比べ、表情が豊かでのびのび過ごしている」との園の記録あり。 9月 10日間の短期入所 H27年 12月 兄の短期入所を園で開始 在宅生活を支える目的で、兄についても園で短期入所の利用開始(月1回) H29年 2月 虐待情報D 短期入所利用時に虐待を疑わせる痕跡があり、父に確認すると「手をあげちゃった」等と話していたと、園から小田原市に連絡。小田原市で家庭訪問実施。入所に向け、複数の入所施設を見学。 両親と関係者による会議を開催し、今後の支援について検討を行った。 H29年 5月 通所先が見つからない。 生活介護事業所へ週1回通所を開始するが、自宅での様子が落ち着きがなくなり、継続できず。     6月 足の障害により身体障害者手帳交付。 H31年 1月 家族からの訴え@ 父から「そろそろ無理だと思っている」、「精神的に持たない」との話あり、関係機関で、園を含めた近隣施設に入所申込みを行う方向で確認するが、実際には手続きは行われていない。父は入所希望があるが、母は入所に否定的。 11月 短期入所の支給決定量変更 短期入所の支給決定日数が20日から15日に変更。 R2年 4月 短期入所停止 新型コロナウイルス感染症の影響により、園の短期入所停止 10月 家族からの訴えA 「9月頃からイライラしどうしで、TV(を)今年に入り4台だめにして、外には出て行ってしまい警察に2回保護されたり夜は寝ず、寝ないのが一番辛い」といった理由により園に入所申込み。すでに新規入所者は決まっていることから、入所に至らず。 生活介護事業所の見学実施。 10月 虐待情報E 相談支援事業所との面談において、父は「本人を殺して自分が懲役に服すことで解決する。」との発言あり、また、母からも虐待を疑わせる行動があったとの情報あり。緊急的な対応が必要との認識あり。    11月 虐待情報F 虐待の通報を受けて、関係者で会議を実施。 父母が本人の対応に疲弊しており、手を上げてしまうこともあることを関係機関で共有。 在宅サービスの導入を提案することとなった。園の入所順位の調整を依頼。 生活介護事業所の見学を実施。    12月 短期入所再開(月1回) 家族からの希望により、園の短期入所の利用再開 兄弟の支援を検討するために、関係者で会議を実施。 R3年 9月 兄死亡 R3年 11月 短期入所(月2回) 「兄がいなくなっても、本人の大変さは変わらない。短期入所の利用をコロナ前の月二回にしてもらえないか」と話があり、同年11月から月二回(一泊二日)の利用再開(令和6年5月まで実施)。 R4年 3月 精神科病院へ入院(1か月) 家庭での特性行動が顕著になり精神科病院へ入院。入院後の状態は落ち着いている。 R4年 10月 ケース会議 入所:園の入所待機者となっているが、新規入所を不適切事案の発生により停止していることから、入所の見込みは立たず。父母は自宅で見たい気持ちが強いが、母の体調が悪く、父が限界に達したら自宅での生活は難しいとの見立て。 短期入所:園は月2回(1泊2日)、短期事業所は月2回(2泊3日)を継続するが、感染症の影響により実施できない時期あり。短期入所の利用増加を検討するが、体制上の理由からできず。 日中生活:生活介護事業所の利用を検討するが、元利用者は新規場面に弱く不安定になり、在宅での父母の負担が増すことから、慎重に検討する必要があることを確認。 R5年 4月 家族からの訴えB 相談支援事業所ういずから園に「父から『そろそろ限界だ、入所できる施設を探して欲しい』と話があり、園の状況を確認したい」と連絡がある。園は虐待等不適切な支援の改善中のため新規入所は停止中であることを説明し、入所調整会議は行われてない。 5月 家族からの訴えC 上記と同様の訴えが父から園にあるが、上記と同様に入所調整会議は行われていない。以降、相談支援事業所ういずが他の県立施設を含めた入所先を探す。 6月 精神科病院へ入院(1か月) 「眠剤が新たに処方されたものの、本人眠らない」といった本人の家庭生活の状況から、服薬調整と父のレスパイトのため入院。 園は短期入所利用開始時に、37.0を超えている場合には、短期利用を断る。父の車のクーラーが壊れている状況があっても対応変わらず。 8月 家族からの訴えD 母から相談支援事業所ういずへの連絡の中で、新型コロナウイルス感染症の発生により短期入所が断られたが、本当のことか疑っている。短期入所が発熱により断られるため、父が疲弊しているとの話あり。 虐待情報G 入所施設の見学時に漫画に執着した元利用者に対して父が頬をたたいたため、相談支援事業所ういずが小田原市へ報告。見学を実施した施設は、元利用者の特性には合わないとのことで、入所枠に空きができたが入所できず。 9月 虐待情報H 37.0を超えていたことから、園は短期入所の利用を断る。 園職員の前でイライラした様子があった父が本人の頬をはたく。小田原市に状況を報告。母の持病が悪化し、父の負担が増えていること、父は、県内の施設での入所ができなければ、田舎(ゆっくりでき、本人が荒れても大丈夫な場所)への引っ越しを考えていることを関係機関で共有。 相談支援事業所ういずの家庭訪問時には父は穏やかな様子あり、元利用者も落ち着いて過ごしていた。父の切迫を解決するための対応を検討していく。 芹が谷やまゆり園に入所のエントリーを小田原市から行う。これまでの父からの虐待に関しても記載した上で申し込んだが、入所に至らなかった。 10月 精神科入院希望を断られる 短期入所利用中の様子 元利用者の様子が落ち着かず、園の短期入所利用を途中で中止。 R6年 2月 グループホームへ体験入居をしたが、マンツーマン対応が必要であり、グループホームの職員配置では受入れに至らず。 R6年 5月 園の短期入所を利用中の出血により早期にお迎え 園を短期利用中、自傷行為により出血があり、受診の必要があったため、父に早めに迎えに来るよう依頼。    5月 千葉県長生村へ転居 転居に向けた関係機関会議を実施 相談支援事業所ういずが長生村へ事前に情報共有し、小田原市からも引継ぎを実施した。 R6年 7月4日 本事案の発生 R7年 3月12日 父公判結審 千葉地方裁判所にて、父に対し懲役3年、執行猶予5年の裁決が出る。